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2013年10月25日

「まちぐるみでの自給自足」

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今日は稲刈りしてないけど。

日々の暮らしで「ちゃんとしたもの」を食べたいと思えば、
やっぱり自分で作るしかない。

薬品漬けの劣悪な環境下で、製品として量産される牛や豚や鶏。
強力な殺虫剤と由来を問わない畜糞や化成肥料で、均質に促成栽培される野菜。
化学調味料、人工甘味料、安定剤、保存料等、カタカナだらけの加工食品。

そんなことわかってはいても、
やっぱり店頭ではそんなものに高いお金を払って買わなくちゃいけない。
そういう暮らしを、私たちはいつまで続けるのだろう。

「仕方ない」というのは、本当に「仕方ない」ことなのか。

望んでか、止むなくなのかは、関係なくて、
高くても買ってくれる消費者がいるから、化石燃料を使って遠くまで運ぶ流通があり、
たくさん売れるとたくさん儲かるから、
ぎりぎりまでコストを削減し競争力をつけ、より大量に作ろうとする生産者がいる。

曲がったきゅうりや虫食いのキャベツでも味は変わらないと思っても、
店頭じゃ、やっぱり粒が揃ってきれいな野菜を選んでしまう哀れな自分がいる。
もうその時点で、この悪循環にしっかり加担しているんだよね。


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だから、こういう悪循環はきっぱりと断ちきるべきじゃないかと思うのです。
まず、気づいた自分から。

今日も、政府が減反政策の見直しを検討しているってニュースがありました。
「TPPで国際競争が激しくなるから、これまでの価格維持政策を見直して、
コメのコスト削減や競争力の強化、大型農家への農地集約を狙う」のだそうです。

いよいよ、モンサントの遺伝子組換えイネなんかが入ってくるのでしょうか。
本当に馬鹿ですよね。

農地集約されそうな休耕田なんかは、そのうち政府に強制収用されないうちに、
みんなで共同して所有権移転しておいた方がいいのかもしれません。


作っては捨て、捨てては作り、
使っても使わなくても、どんどん捨てて、どんどん新しいものを作る。
右肩上がりが至上命題の消費経済です。

長年こんなものに付き合わされてきたから、
今のこの、廃棄物と環境汚染と人心の疲弊があるわけで、
そりゃ確かに、そんな暮らしがキラキラとちょっと素敵に見えた時代もありました。
でも、もういいでしょ。


微力ながらも、そんな消費社会を増長させてきた自らの過去の生き様を恥じて、
これからは、もっとまっとうな生き方をしよう。
廃棄物や自然環境にもっと気を配って、好循環の持続可能な暮らしに変えていこう。

人生の半ばを過ぎて、どう考えても残りの方が短くなった今、
理想とか、きれいごととかじゃなく、シンプルにそういう生命でありたいと思うわけです。

 
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これ以上、消費経済を増長させないために私たちができることは、簡単です。

ただ、お金を使わなきゃいいのです。

これはものすごい威力ですよ。
みんなが一斉に消費行動をストップすれば、こんな国あっという間に転覆しちゃいます。
あこぎな銀行だって、預金準備率なんて僅か1.3%だから、
みんなが預金しているお金を全額引き出せば、片っ端から潰れます。

目新しい電化製品とか、今年の流行ファッションとか、
アプリとかバージョンアップとか、グルメ食べ歩きとか、健康食品だとか、
TVや雑誌やインターネットや店先で、日々実に巧みに誘惑されますが、
そこをグッと我慢して、新たにモノを買わなきゃいいのです。


その点、都会は不利ですね。
家賃は高いし、田畑がないから、毎日食べるものにもいちいちお金がかかる。
ストレスが溜まるから、稼いだお金はあるだけ浪費する。
田舎はいいですよ。
空き家はあるし、手がつけられなくなった里山や耕作放棄地がたくさんある。
しかも都合がいいことに、お金を使いたくてもろくなお店がない。

ただ、最低限の水道光熱費や健康保険料は今のところどうしようもない。
それに、田舎は車がないと移動できないから、やたらとガソリン代がかかる。
小さな子どもがいたら、もちろんもっと何やかやと現金が必要になってくる。

そんなことだから、お金をまったく使わない生活は急にはできないけれど、
田舎なら、さほど無理をしなくても、最低限の現金さえあれば、
「ちゃんとしたもの」に囲まれた心地よい暮らし、
を実現することは可能だと思うのです。


「生活のために現金を必要としない環境」
各自が自立して重なり合う、「まちぐるみでの自給自足(共給共足)」。


お金を使わないということは、お金のやり取りが必要ないわけだから、
誰かに何かを手助けしてもらったり、何かを借りたりする時も対価は不要だし、
お互いに助けたり助けられたりで、いちいち見返りなんか求めない。
困った時にはいつでも誰かが手を差し伸べてくれる。

そういう安心感のある地域(まち)が創造できればいいな、と思うのです。

それを実現するための条件として、
 1.自給農
 2.生活インフラ特定物品をつくる人
 3.生活にともなう仕事とノウハウの共有

といった、
自給ベースに立った生活インフラの共同整備が必要になってきます。(・・・続く)