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2014年5月19日

猿田洞

高知県の日高村には「猿田洞」という鍾乳洞があります。
四国カルストというぐらいだから、この辺には石灰岩が多いのでしょう。


誰でも無料で入れるのだけれど、
入洞、出洞の際には必ず役場に連絡を入れること、とあります。
そして、入洞後2時間が経過しても連絡がなかったら消防が捜索に来ると。
「へぇー」

で、「洞窟はどんな具合ですか?」と役場の人に聞いても、
スニーカーで大丈夫ですよ、という人もあれば、
汚れてもいい服に長靴、ヘルメットにヘッドランプがなきゃ大変です、という人もある。

まぁ、大丈夫でしょ。
役場はちょっと大袈裟に言っとかないと、観光客にケガでもされちゃ困るからね。
と軽く考えて、でも長靴と懐中電灯だけは念のために用意して行きました。

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で、現地に到着すると、
ちょうど先客の若いお兄ちゃんが二人洞窟から出てきたところでした。
ヘルメットに膝当て、全身土まみれで大汗をかいています。
「入ってきたんですか?」と恐る恐る聞くと、

「とにかく真っ暗で、ヘッドランプがないと大変ですよ。何も整備されてないというか・・。」
「えー、そうなんだ。」
「中が狭いんで、ヘルメットがないとゴツゴツした岩でアタマ切るかもしれません。」
「・・・。」

しかしまぁ、ここまで来たんだから、のこのこ引き返すわけにはいきません。
長靴をはいて、頭にはタオルを巻いて「ゴー!」だ。


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おー、真っ暗。
道順にロープが張ってあるのだけが救いです。
あちこちに穴や割れ目が広がっているから、ロープがないと、こりゃ完全に道を見失いますね。


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天井からは水がポタポタ落ちてくるし、足元はゴツゴツであちこち水たまり。
ほとんどが中腰でないと通れないようなところばかりで、
うっかり伸びなんかすると、尖った岩で背中を強打するから要注意。

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半分錆びたようなハシゴを上に登ったり、
暗くて深い淵を足が滑りそうになりながら渡ったり。


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途中で「危険・健脚コース」の分岐。
おう、ここまで来たなら地獄の底まで行ってやろうじゃないか。


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何となく、鍾乳石。
洞窟の中は涼しいんだけれど、さすがにちょっとハァハァです。
少し広いところで休憩するも、
ここでもし、手を滑らせて懐中電灯を深い穴底にでも落としたりしようものなら、
と想像すると、冗談じゃないぜ。
やっぱりここはヘッドランプだよなぁ。


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さすがに「危険・健脚コース」というだけあって、
「これ、狭いでしょ、どうやってよじ登るんだ?」
みたいなところもあって、ワクワク、だかドキドキだか。
そのうえ、懐中電灯の光に、突如コウモリがばたばたと顔や身体にぶつかってくる。
きゃー、もう気分はインディ・ジョーンズ!


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で、そうこうするうちに、ようやく明かりが見えました。
ふー。

本当に真っ暗闇でしたからね。
地上に出て、お日様に輝く木々の緑を拝めた時にゃ、
本当に地上に出れてよかった、と思いましたよ。


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この「猿田洞」は、本道、枝道合わせて1400メートル余り。
安政5年(1858年)に発見されたのですが、
何と当時見物人が一日数百人もあり、付近には茶店も軒を並べたとか。
「へぇー」

しかし、こんなリスキーなホラ穴を一般に開放している、というところが素晴らしい。
安政5年からの伝統なんですかね。
外国じゃ、自然は自然のままにしているのが普通ですけどね。
日本のフツーの自治体なら、まず入り口にロープを張って「立入禁止」でしょ。

島根にも、銀の坑道跡をムダに整備して入場料を取っているところがありますが、
そんなものより、もう数千倍感動的で素晴らしいですね。
まったく、エキサイティングないい冒険をさせてもらいました。

日高村スゴし。
いつまでもコウモリの棲む危険なホラ穴のままで放置しておいてください。
今度来る時は、完全武装でのぞみます。

2014年5月18日

土佐の高知の

日高村に来ています。

土佐の日曜市というのは300年の歴史があるといいます。
年末年始とよさこい祭り以外は、毎日曜日に雨が降ってもやっている。
430軒ほどのテントが1kmほど連なっている様は、まったくすごい。

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しかも朝の5時からやっているんですね(パンフレットにそう書いてあった)。
でも、本当は5時からぼちぼち準備を始めているんだけどね。
今日はがんばって早起きして、5時半には現地(高知城下)に着きました。

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高知城のお堀のハスです。

ところ変われば、しな変わるで、いろいろとおもしろいものがあります。


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藁焼きのカツオのたたき。
このあたりは定番ですね。


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意外と、ぼうしパン。
小さな頃によく食べた気がしますが、今はあまりお目にかからない。


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イタドリの湯がいたもの。
高知ではこれが結構ポピュラーな食べ物みたいで、
フキみたいにして食べたり、塩漬け保存にしたりするようです。
だいたいのスーパーに売っています。


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もちろん生姜は高知の特産。
こっちの半額ぐらいで上物が手に入ります。


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高知城のほとりで意外なものを発見しました。
足場をはずす、トビの職人芸。


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けなげに働く少年。


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そして、忘れてはならないのが「イモ天」。
大分のカラアゲほどに専門店があるわけじゃないですが、
サツマイモが好きなんでしょうね。
「イモ天」と「芋ケンピ」は土佐の名物。

「イモ天」は普通のイモの天ぷらとちょっと違って、衣がパリっとしていて甘い。
ちょっとしたスイーツのようなものですね。
揚げたては確かにウマイ。


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みんなが「イモ天」を買い食いするものだから、手は油まみれ。
他の店にこんな注意書きがあるのもうなづける。


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トイレにはこんなのも。
やっぱり、親指が肝心なんだ(笑)。

2014年5月12日

櫂入れ(醤油仕込み3ヶ月)

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醤油を仕込んでから3ヶ月。
フタを取ると、もう醤油の香り。
でも、かき混ぜるとまだまだ色も薄く、発酵も浅い。

ちょっと納豆の風味がするのは、麹づくりの段階で納豆菌がついたのかもしれません。
ちょっと温度が上がりすぎたからね。
でも、別に糸を引いているわけではなし、問題ないでしょ。

仕込んだ当時はほとんど塩水に大豆が浮いた感じだったのが、
全体的にだいぶもろみ状になってきました。
ちょっとなめてみても、かなり旨味成分が加わっているのがわかります。
何だかこのままでも充分料理に使えそうな出来具合です。

とにかく寝かせて、3ヶ月ごとの櫂入れでいいみたいなので、
いったん仕込んでしまえば、楽といえば楽ですね。
で、最短9ヶ月で仕上がり。
ほんとは2年ほど熟成させるのがいいみたいですが、どうかなぁ。
ちゃんと夏を越せるのか、ですね。


henkyo


宮本常一の「辺境を歩いた人々」を読んでいます。

幕末から明治の頃に、
いわゆる未開の地を歩いて探索した人たちの所業や生き様が書かれています。
おもしろいですね。

何というか、ただ真面目に生きた足跡が実に波瀾万丈なんですね。

荒波でひとたまりもないような小さな船で千島・カラフトをめざしたり、
まだ道らしい道もない蝦夷地(北海道)を死にそうになりながら探検したり。

その息子は道でみかけた美しい少女のことが忘れられず、
越後から大阪まで歩いて会いに行き、
それでも意気地がなく会わずに越後に帰り、
やっぱり忘れられず、また歩いて往復したりということをやっている。

そんな息子が、何の因果か土地の諍いで隣人を殺すようなことになり、
八丈島に島流しにされる。

もともとはおとなしい学者の息子、島に落ち着いてからは島民にすすめられ、
子どもに書物を読むのを教えたり、いろはを教えたり、
また仏像を修理したり、彫刻したり。
頼まれてびょうぶやふすまの張替えをしたり、
石垣を築いたり、石碑に文字を刻む仕事を引き受けたり。
やがて、島ではなくてならない人になっていきました。

そうして、八丈島のことについては、そこで生まれた者より詳しくなり、
ついに「八丈実記二十八巻(のちに七十二巻)」を書き上げます。
当年五十六歳。

その後、七十二歳になってから、
遅きに失した赦免のしらせを受け、島を出て江戸に出ています。
もう、江戸は東京という名に変わり、みなちょんまげを切ってザンギリ頭。

そうして、六十年前の少女の面影を求めて大阪の町を訪ね歩きます。
その後西国三十三ヶ所の巡礼をし、また東京まで歩いて帰る。
しかし、東京には何ひとつ楽しい思い出はありません。
七十八歳。

八丈島に帰りたくなりました。
八丈島にいればみんなが友だちであり、また大事にしてくれます。

そして、八丈島に帰りました。
島へ帰ってからは、もう何もしませんでした。
汚れて破れたきものを着て、
からだにはシラミをはわせてそれをじっと眺め、
時々は道にうずくまって、アリの行列をじっと見ていたそうです。
それでも、誰もがこの年寄りを尊敬の目で見ていました。
そうして、この島で八十三歳の生涯を閉じました。

「自分はいくじもなく、才能もない人間であったけれども、
とにかく自分なりにいっしょうけんめいに歩いてきて、
しかもこれだけのことしかできなかった。
それを人から笑われても、なじられてもいい、
自分としてはこのように生きるより他になかった。」


どのようにして生きるかというのはなくて、
ただ自分なりに、ただいっしょうけんめいに歩くだけなのですね。


そうそう。
誠に勝手ながら、5月16日より社員研修のため(笑)約ひと月のお休みをさせていただきます。
次の営業日は、6月20日(金)からの予定です。
どうぞよろしくね。

2014年5月11日

果実たち

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春が深みを増すごとに、ウラ庭の木の実もふくらんできた。
おなじみの桃は、今年で3年目。


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これはイチゴ。
去年の冬にごっそり新芽に植え替えたので、
今年はあまり期待していなかったのだけれど、
それなりに花が咲いて、実を結んできた。
でも、これからしばらく世話ができそうにないから、
今年はナメクジのごちそうになるかもな。


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で、こちらはヤマモモ。
なんか実がついてますよね。
今年が初めてです。


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そして、こちらがオリーブ。
これって花かな。これも初めて。
実がついたらいいなぁ。

それでも、無花果は今年はダメ。
梅もどうもダメみたい。

しかし、うちの「ウラ庭果樹園化計画」、着実に実を結んでいるようです。
うれしい。


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蛾の触覚がすごい!


2014年5月 5日

ライ麦と菊菜

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風にふるえるライ麦の花。
揺れるたびにたくさんの花粉をまき散らす。
背丈はもう2mを超えた。


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菊菜の黄色い花。