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2013年7月22日

屋根回りの補修

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ウチの玄関先の雨樋が壊れているのは以前からわかっていました。
大雨が降ったりすると、そこからジャバジャバ水が落ちていたからね。
でも、ここに住み始めてから、ずーっと知らんふりして放置しておいたわけです。

しかし、先日の大雨の後にふとそのあたりを仰ぎ見たら、
なんと、その上の角の瓦が真っ二つに割れているじゃありませんか。
こりゃ、さすがに修理しないとまずいんじゃね、と思ったわけです。

 
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で、もしもと思って、ジュンテンドー(ホームセンター)に電話してみたんだが、
瓦っていうモノは、なぜか一般小売店じゃ扱っていない。
普通の軒瓦ならウチのウラ庭にも何枚かあるんだけれど、角のしまいの瓦って、
形がちょっと特殊。いわゆる役物というヤツです。

知人に専門業者を紹介していただいて入手したのですが、
役物は形によって、通常の瓦の何倍かの値段になる。
ちなみに石州瓦のカタログによると、これは「万十右角瓦」というヤツ。
普通の瓦のなんと十倍の値段です。

で、これを無事入手して、
合わせて雨樋のパーツも買い揃えて、
いざ補修に取り掛かろうとして屋根にハシゴをかけていたら、
向かいのご主人がたまたま通りかかったのでした。

「前から気にはなっとったんだが、ウチの二階から見ると、
お宅の瓦がちょっとズレとるようなんだが、雨漏りはしてないかな。」

何と、下から見上げても自分ちの屋根の上の方までは見えないんだよね。
幸いにも雨漏りはしていないが、教えていただいてよかった。
ついでに点検しておこう。

そして恐るおそる屋根に登ったのですが、
屋根というのは気を抜くとそのまま滑り落ちそうで、なかなか恐ろしいのです。
靴じゃ全然滑るから、裸足が一番。

しかし、真夏の炎天下。
最初はそうでもなかったのですが、カンカンと照る太陽に、
黒瓦はどんどん炙られ、熱いのなんの。

ズレた瓦を探しながら、あっちこっち裸足で歩き回っていると、
まるで火の上を歩くようにアッチィわけです。
それでも油断をして足を滑らせちゃいけないと思うから、
熱い瓦にしっかりと足を着けてカニ歩き。
まぁ、ビーチの灼けた砂だと思えば愛嬌ですが、ほとんど足裏ヤケドだね。

木槌を持って、あっちをコンコン、こっちをコンコン。
おおよそズレを直した後は、割れた瓦を差し替えて、無事完了。

あとは、雨樋の補修。
これは組み合わせて固定すれば終わりだと思っていたら、
緊急事態。
集水器と雨樋が同じ直径なのでつながらない。
こんなところに継ぎ手が必要だとは思わなかった。

しばし代替案を考えたが、やっぱり無理。
またしてもジュンテンドー(ホームセンター)に走ることに。
そしてこうして、ようやく屋根の部が終わった。

 
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実はもう一箇所気になっていたところがあって、
この際だから、ついでに直しておくかと思ったのでした。

 
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煙突を引き出したところのハメ殺しの明かり取り。
これも大雨の時に、煙突を伝ってきた雨水が、この朽ちた木枠から流れこんできて、
室内の白壁に黒い雨だれの跡を残したのです。

これは煙突の取付け角度にも問題があったのですが、
やっぱり雨が降り込まないように、ちょっと補修をしておかなくちゃいけない。

それからここも。

 
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風にあおられて塩ビの波板が破損。
ここからも雨が降り込むので、補修をしておかなくちゃね。
でも、支えの木がもうだいぶ傷んでいるので、とりあえずの応急処置です。

 
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またそのうち、きちんとやります。
たぶん。

 

2013年7月19日

カエルと草取り

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田圃の草取りをしようと思って、干していた軍手に手を伸ばすと、
緑色のアマガエルがそこで眠っていた。
仕方がないから、それはそのままにして、別の軍手を探しに行った。

そうすると、こちらにもアマガエル。

 
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あれ、ここにもアマガエル。

 
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何してんだろう。
みんな黒い目を見開いたまま、じっと動かない。
「クロージョアイ」といっても、カエルは目をつむれないんだ。

結局、夕方帰る頃になっても、それぞれのアマガエルはそこでじっとしたままだった。
決して平らなところじゃなくて、
上を向いたり、逆さになったりしながら、みんな哲学的に沈思黙考しているよう。

 
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それはさておき、太郎の苗も順調に分けつが進んできました。

 
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草取りの時は、畝にまで水が上がらないように水位調節をして草取りをします。

 
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こんな感じで条間がきれいになるととっても気持ちがいいのですが、
この草取り作業が結構たいへんです。

 
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油断をすると、こんな風にヒエが生えてきます。

こいつが驚くほど成長が早くて、
あっという間に四方八方に下品な枝葉を伸ばし、我が物顔で場所を占有する。
そうしてやがて穂を出して、来年の種を蒔き散らす。
そうならないようにと、見つけたら目の敵にして刈っています。
草は敵ではないとはいっても、やっぱり憎らしく思ってしまうのが浅はかさです。

中には、稲とぴったり背中合わせに生えているヤツがあって、
よく見ると葉っぱの色や形が微妙に違うのだけれど、
さっささっさと草刈りをしていると、これがなかなか見つけにくい。

丁寧にあっちこっちから見ていると完璧に見分けがつくのだけれど、
そんなことをやってると、いつまでたっても草取りが終わらない。
最後の畝まで来る頃には、最初の畝はまたしても大草。

直播きからやることを思えば、苗だと相当楽には違いないのだけれど、
やっぱり、膝も腰もガタガタになってしまいます。

  
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で、次郎の方は、今ちょっと深水にして様子を見ています。

やっぱり草は生えてきますが、これだけ水があると陸の草は生えにくい。
畝の上に水がないと草刈りはやりやすいが、
水が好きな陸の草もたくさん生えてきて、草がすぐに茂ってきます。

田植え終了後すぐに深水にするといいのかもしれないが、
今年はちょっと間をおいてしまったので、生えてきた草をざっくり草取りして、
深水ののままにしています。

それでもヒエはちゃんとは取りきれないし、やがて大きく伸びてくるので、
来週あたり様子を見て、一度水を落としてからヒエ刈りをしようかと思っています。

ウチは荒起こしも代かきもやらないので、畝の平衡がちゃんと取れていないんですね。
どこも畦側の両端が高くなる傾向にあって、
そこはどうしても陸の草が茂りやすいし、稲の生育も芳しくない。

毎年少しずつはスコップで調整するのだけれど、
この冬はちょっと大がかりにやった方がいいのかもしれないなと思っているところです。

まぁ思うだけで、冬になってみると寒くておっくうになるのがオチですけどね。

2013年7月17日

期日前投票

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先日、大雨が降った時にyoutubeで三宅洋平の街頭演説のビデオを見た。
 


 

こういうタイプの若者が国政選挙に立候補しようと思う時代になったんだ。
これまでは国政選挙に立候補したりするのは、プロの政治家以外には、
ちょっと偏向している思想や宗教の人たちとか、ちょっと目立ちたいお笑い芸人とか、
風変わりな奇人変人ぐらいだった。

そういう意味でも、3.11というのは大きな転換点だったんだと思う。
予兆としての阪神大震災も、人の生き方を大きく変えたけれど、
それは3.11でもう決定的に、元の世界には戻れなくなってしまったように思う。
言い方を変えれば、そのことに気づいてしまった人と、気づけない人、
気づこうとしない人たちがいることが、
そこではっきりとしたといった方がいいのかもしれない。

「復興、復興ってどこに復興するんだよ」と、三宅洋平はいう。
彼はネパールから戻ったタイミングで東日本大震災に遭い、
毎日12時間が停電で当たり前のネパールと、
わずか2時間の計画停電で大騒ぎする日本との違いに愕然とした。
お金も電気もじゃぶじゃぶと消費することでしか成り立たない社会に、
もう一度舞い戻ることが復興なのか。
本当にそう思うのか。

そうじゃなくて、ずぶずぶの消費経済の渦中にあった今までの生活の在り方を見直し、
お金中心の経済至上主義や合理性より、もっと人の心や気持ちを重視した、
持続可能な社会をめざすべきなのじゃないか。

三宅洋平は、敵味方を区別したり、対立したりすることを望まないという。
意見が違っても同じ人間なんだから、とことん話しあえば分かり合える。
それをアイヌの「ちゃらんけ」という言葉で表現する。

それを聞いて、宮本常一の本に出てきた「寄り合い」という言葉を思い出した。
それは「忘れられた日本人」という著作に出てくる逸話で、
ひとつの村の中で何か問題が起こると、裕福な者であれ、貧しい百姓であれ、
一切区別なく、それぞれが言いたいことをすべて言い合い、
みんなが納得するまでいつまでも話し合いを続けるという「寄合方式」。
夜を徹して話しても決まらなければ、また翌日に話を続ける。
それでも、どんな難しい問題でも、三日あればたいていの事は決着するのだと。

民俗学者であった宮本常一によると、そういう合議制の村運営は、
戦前の日本では何も特別なことじゃなく、ごく一般的なやり方だったようだ。
だとすれば、敗戦後の日本に津波のようになだれ込んできた資本主義と、
合理性を追求するアメリカ文化によって、それまでの日本の食生活やモノの考え方、
人と人とのつながりの感覚等、あらゆるものが根底から変わってしまったのではないか。

原発にしても、TPPにしても、基地問題にしても、
請願書や要望書をいくら提出しても何にも変わらない。
デモや反対運動の現場でいがみあうのは、
結局その地にローカルに生きる住民同士という構図になる。政治を変えるには、
もう国会に乗り込むしかないじゃないか。
そうして、多数決、数の論理といった形骸化した民主主義の土俵に、
体当たりの「ちゃらんけ」で乗り込もうとする三宅洋平。
勝ち目があるとかないとか、そういう発想を飛び越えてジャンプしようとする。

それはたぶん、そのことで何かを大きく変えることはできないのかもしれない。
でも、そのジャンプの波紋が、
その次のもう少しましな社会を築くきっかけになるかもしれない。
時代はそんな風に動いていくのだ。

そんなことを思いながら、期日前投票で比例区に三宅洋平と書いた。

2013年7月 1日

シーカヤックやってみませんか。

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7月、いよいよ夏がやってきます。
島根はこんなにきれいな海に恵まれたところなのに、
意外と海遊びをしている人が少ないような気がします。

で、シーカヤック体験会。
もうかれこれ7年目です。宅野の夏の恒例行事になりました。
日本セーフティカヌーイング協会公認の素敵なインストラクターが
やさしく指導してくれますので、まったくの初心者でも大丈夫。
30分あればスーイスイです。


 
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シーカヤックがいいのは、
乗ると視線が海面にすごく近づくことですね。
かき分ける水の流れが肌で感じられるようで、とっても爽快です。

宅野の海はきれいなので、天気がいい日は底まで青くて透明です。
スーイスイと慣れてくると、本当に気持ちがいいものです。


 
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大人はもちろん、子どもだって大丈夫です。
カヤックは一人乗りと二人乗りがあるので、親子で乗るのもいいですね。
でも、小学生だって一人で乗りますよ。

8月3日(土)、午前中2回、午後2回のプログラムです。
午前①9:00~、②10:45~、午後③13:00~、④14:45~、です。
お申込みはFAXまたはお申込みホームページから。

詳細はこちらです。


 
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