春になってきた

昨日は久しぶりの雨で(・・・それは放射能の雨かもしれないけれど)、
草ぐさは朝つゆをいっぱいためて、ひと回り成長しておりました。
いよいよ春の気配です。
4月も中旬になろうというのだから(・・・原発の不安はいっこうに晴れないけれど)、
そろそろ重い腰を上げて、田畑に通わなければいけません。
種籾の算段もしなくちゃいけません。

サヤエンドウが実を結んでおりました。
ことし初豆、初収穫。
さっと湯通しして、かじったら、あぁ、確かにこんな味でした。
一年ぶりです。実ってくれて、ありがとう。

汚染されていない土、汚染されていない大気、
そして汚染されていない河川、海。
それは昔は、ちっとも当たりまえのことでした。
今はもう、願ってもないものになろうとしています。
田舎だって同じです。
少しぐらい緑が多いからって、里山ももう見捨てられてしまったから、
荒れちゃって、竹藪やイバラばかりです。
山間に、谷筋に、無造作に捨てられてきた廃棄物。
そこからやがて、ダイオキシンやヒ素や鉛が地下水に染みこみ、
河川をつたって生命の海に流れこみます。
海が透明で、きれいだからって、
そこはもう、貝や魚が住めなくなっているのです。
これからは、無邪気にアジゴ釣りだって楽しめない。
ワカメやのりだって、ちょっとびくびくしながら口にしないといけない。
こんな海の近くに住んでいるのに、何てことでしょうね。

これは菊菜の花。
今日は、そのそばにジャガイモを植えました。
来週からは田圃に出ようと思っています。
原発がいくつ吹っ飛び、放射能がまき散らされようが、
ダイオキシンや環境ホルモンで、どんなに海や大気が汚染されようが、
いったん出たものは、誰も回収することができないのだから、
自然に薄まることはなく、重く蓄積されていくのだから。
はい、わかりました。
私たちは、もうそれらを甘受して生きていくしかないと、
そういうことですね。
日本が、もう少しまともに物事を考えられる社会になることを祈りながら、
私は、黙って田畑に出ることにします。


