「つくりすむ」プロジェクト推進中!
拡大してみると、まるでショウジョウバエの染色体のようだ。
オスはもともと1本足りないから、それを探して恋を重ねる、みたいな。
下のひこうき雲です。
大阪から小さな子供づれの若い夫婦が訪ねてきてくれたので、
宅野のプライベートビーチを案内していたのでした。
何だか王蟲みたいだね。
彼らと話していると、やっぱり今、世の中の仕組みが大きく変わ
ろうとしているんだなぁと思う。
大都市にいて、ストレスと引き換えに獲得している人々の豊かさ
というものがいったい何であるか。
消費経済から完全に取り残された極度の過疎高齢化地域にいる
と、限りなく消費し続けることでしか成立しえない社会の構造とい
うのが、もう破綻しかかっているのがはっきりとわかってしまう。
消費せんがために経済の歯車となって働かざるをえない社会の
構造が人を狂わせているのです。
「そうだろう」っていうと、「そうだ」って。
みんなうすうす気づいているんだ。気づいてるんだけど、やめられ
ない。やめるには、少しだけ勇気がいる。
そうした社会構造にストップをかけるのは、走り続ける大都市では
もはやほとんど不可能だし、同じように、仕事がないからといって、
田舎を捨てて都会に出ることが当たり前になっている過疎地にも
それはどうすることもできない。
だから、都会で暮らす若い夫婦にこそ宅野に移り住んでもらいたい。
今の社会の、そうした出口のないからくりに気づいた人から、どんど
ん宅野に来てもらいたい。
田舎に来ても、孤立することなく、素敵な人づきあいに育まれながら、
心豊かに暮らしていくための、ありったけの支援を行います。
宅野に仕事を作り、都会から移り住む「つくりすむ」プロジェクト推進中!
ここに新しい村をつくろう。
コメント
大森銀山の世界遺産登録延期で、WEB上での賑わいがいっぺんにしぼんだようですね。
宅野の周辺ではいかがでしょうか?
韓嶋は今でもサザエが取れるんでしょうか?
Posted by: とち | 2007年5月22日 08:25
世界遺産という看板を担ぎたい人と、その看板を見たい人は、はしゃいだりしょげたりしているようですが、いずれにしても一過性のもの。
田舎の行政がやることは、古民家のレプリカを作るのに8億円かけたり、場違いな駐車場施設を10億円で作ってみたり、そういうことに税金を無駄づかいするばかりです。
残念ながらこのチャンスが町づくりの起爆剤になるような仕組みにはなっていない。
韓島のサザエは、今は採れても採っちゃいかんことになっています。サザエどころかボベだっていかんと。そのへんはうるさい。
Posted by: caferoman | 2007年5月22日 09:29
本当に伝えたいものを見せずに、受け入れることに気を使ったんでしょう。世界遺産になってもならなくても、穴ボコは変わらずあるんですけど。
観光客用のものは間近でなく、ふもとの町につくってほしいですね。
Posted by: yokiti | 2007年5月22日 10:38
本当に伝えたいものが何なのか地元の人はわからないんですね。まぁ、たいがい自分のことは自分が一番知らないものです。
Posted by: caferoman | 2007年5月22日 10:43
「働かざるをえない社会の構造が人を狂わせているのです。」
↑ホントですね。今、まさにそのことでいろいろ悩んでるます・・・
しっかり働きたい、でも子供との時間もある程度欲しい。矛盾してますね。
Posted by: つちえもん | 2007年5月22日 11:14
世界遺産登録は遠くに感じながら。
間歩を出たところに広がる、大森のよき時代の暮らしをしのばせる石組みに木漏れ日がさすのを見るたびに、そこにたくさんの人がいるようなデジャブを感じます。
我が家のルーツとかに触れるときと同じ感覚で、そこに五十年百年が凝縮されるような。
あのあたりを探検したい。
けど、蛇が出そうだ。
Posted by: どんぐり | 2007年5月22日 23:41
>つちえもん
子どもたちが一緒に遊んでくれる時間は、長い人生の中でもわずかしかありません。それを逃すべきじゃない。明日も代官山に(笑)。
>どんぐり
大森は、かつて暮らした有象無象の人々の記憶が張りついた町です。蛇も出るし、魑魅魍魎も跋扈する。探検は昼間に。
Posted by: caferoman | 2007年5月23日 00:26